大江健三郎といえば読みづらいという印象を持っていましたが、それは作品によるんだなと実感。
ちなみに、これまで読んだ作品を読みやすい順に並べるとこんな感じ。
さて本題に戻って、「叫び」のどんなところがよかったかをまとめてみました。
ネタバレ要素を多分に含みますので、ご注意ください。
奇抜なキャラクター設定
主人公:フランス文学を専攻する大学生。娼婦と交接して以来、「梅毒」への恐怖に悩む。
虎:アフリカ人の父と日本人の母を持つ。「黒人」と「黄色人種」の混血であることから、「虎」と呼ばれる。ジゴロであり、アルコール中毒。
呉鷹男(くれ たかお):韓国人の父と日本人の母を持つ。自身を「怪物」と称している。「オナニイの魔」である。
ダリウス・セルベゾフ:癲癇持ちのアメリカ人。百科事典のセールスを生業としている。「友人たち(レ・ザミ)号」と名付けたヨットで、3人と世界旅行を計画するパトロン。
4人がこの物語の主要登場人物です。
濃いですねーw
明確な章建て
次に、章と流れがすごく明瞭で良かったです。
- 友人たち
- セックスの問題
- 虎の行動
- 怪物
- 真夜中
という5つの章からなるのですが、スルスルと流れるように展開していくのでわかりやすかった!
まず登場人物の紹介をする「友人たち」、各人の「セックスの問題」、次に虎と呉鷹男に焦点を当てた「虎の行動」と「怪物」、そして最終章の「真夜中」。
途中から予感させる悲しい結末に向かって、進みたくないのにどんどん疾走して読み進めてしまいます。
喜劇的悲劇
※ネタバレ注意※
「可笑しみを持った悲劇」とでもいいたくなるエピソードが新鮮でした。
それが顕著なのが虎の死。
虎は、黒人と日本人とのハーフであることを利用し、アメリカ兵の格好をして銀行強盗を働くことを思いつきます。
(アメリカ兵が罪を犯しても、米軍が基地内で犯人を探して処罰を決めるため、時間が稼げる。)
そこで予行演習のために、アメリカ軍基地のある横須賀へ行き、アメリカ兵の外套と靴を着て、日本の警察を挑発します。
何も手を出してこない日本警察に気を良くしていると、背後から白人の憲兵がやってくる。
虎は何を思ったか、呉鷹男の待つ車とは反対の方向へ、一人で駆けて逃げ出してしまいます。
その瞬間、不審に思った憲兵によって射殺されてしまうのです。
前方の日本警察、後方の白人憲兵。そしてそのどちらにも属さない混血の虎。
彼は米軍人の格好をしたまま、無様に銃殺されてしまいました。
悲劇なのに、どこかに可笑しさが覗く、そんな呆気無い死に様です。
「怪物」呉鷹男にも共通しているのですが、自分の居場所(アイデンティティ)を希求していても、結果、何にも属さない(属せない)若者たちがもがく様は、どこか滑稽さも持ち合わせているのかもしれません。
飽きさせない長さ
「長編傑作」とは銘打たれたものの、260ページなのでとても読みやすいです。
私は速読はできないためじっくり読むのですが、それでも3時間程で読了。
ストーリーにも飽きず、ちょうど良い長さでした。
最後に、この作品を象徴しているなぁと思った一文。
(中略)≪荒涼として荒涼と荒涼たり≫それは旅行に出たあとの僕のひとつの口癖となっていた。
何度も心で唱えていると不思議と馴染む印象的な言葉でした。