映画『PERFECT DAYS』 – 日常の美しさと役所広司の演技力

映画『PERFECT DAYS』(2023)を見て、えらく感動したので記事にしてみる。
※ネタバレを含むので、映画を見たい方はぜひこちらを見ましょう↓。
■『PERFECT DAYS』(2023)
きっかけ
2025年早々、それも自分の誕生日だというのに家族が流行り病にかかってしまった。
気をつけながら看病していたものの、見事に私も罹患した。
「こんなときには積読本を消化するか、久々に映画でも見るか」という気持ちになり、なんとなくホッテントリを見ていてこの記事を見つけた。
記事の趣旨としては、「FIRE」してもやることがないと辛いね、というものだが、引き合いに出されていたのが映画『敵』(2025)と『PERFECT DAYS』(2023)だった。
『敵』は長塚京三主演、『PERFECT DAYS』は役所広司主演らしい。
どちらも好きな役者だったこと、淡々とした日常を描く映画が好きだったことで、興味が湧いた。
好きな映画は黒澤明の「生きる」、「タイマグラばあちゃん」、「かもめ食堂」というくらい、日常を静かに淡々と描く系の映画は大好物だ。役所広司の日常が見られるというだけで、もう嬉しかった。(ちなみに、最近みたアニメ映画『ルックバック』(2024)の劇中の壁に「タイマグラばあちゃん」をオマージュしたポスターがあったのは嬉しかった。)
『敵』は2025年の公開らしいからまだサブスクリプションでは見られまいと、『PERFECT DAYS』を見ることにした。Prime Videoで配信している。
(『敵』は現在絶賛上映中だが、上映館はそれほど多くなさそうだ。映画館でぜひ見てみたい。)
以下、あらすじ。
東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、静かに淡々とした日々を生きていた。同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、同じ日は1日としてなく、男は毎日を新しい日として生きていた。その生き方は美しくすらあった。男は木々を愛していた。木々が作る木漏れ日に目を細めた。そんな男の日々に思いがけない出来事がおきる。それが男の過去を小さく揺らした。\
©2023 MASTER MIND Ltd.
主人公「平山」の日常
『PERFECT DAYS』は「役所広司(本人)は絶対こんなことせーへんやろ」という日常のオンパレードだ。畳の部屋に煎餅布団で寝起きし、トイレ掃除をし、古書店で100円の文庫本を買い、コインランドリーで洗濯し、おじいちゃんたちと銭湯に入る―――。
でも不思議なことに、この世界のどこかに平山(役所広司)が存在しているような説得力がある。平山の一挙手一投足に迷いがなく、何年もここで、こうして生活してきたんだろうと思わせる。
平山の日常の良さを語ったものとして、又吉直樹のYouTube動画に共感した。
役所広司主演『PERFECT DAYS』について!淡々とした編集、無理な伏線回収をしない…ストロングスタイルが又吉に刺さりまくり!【夜の公園#64】
起きて、布団を畳んで、歯磨きをする。
何度も繰り返される日常の光景も、不思議と見続けられる。次に何か起こるかもしれない、見逃したくないという不思議な魅力がある。これも役所広司の演技力のなせる技なのだろう。
無口な平山はめったに喋らない。だがそこが心地よい。不思議と間が持つ。
平山の機嫌に救われる
平凡な日常描写が続いても、ついつい見進めてしまう求心力になっているのが、平山の機嫌の良さだ。
朝はやく起きて外に出ると、空を見上げてにっこり。
お昼ごはんを食べながら陽の光で輝く大木の葉を見てにっこり。
若手が急に仕事をやめてしまい、そのシフトの穴埋めがすべて平山になってしまったときはさすがに電話口で声を荒げたが、それは当然の怒りだろう。
過去は多く語られないが、おそらく父親との確執があり、妹とも疎遠になった。風呂なし、洗濯機なしの安アパート暮らしで、トイレ清掃を生業としている平山は、或る見方では「底辺」の生活といえるかもしれない。
妹から「本当にトイレ掃除、してんの?」と聞かれ、平山がにっこり力強く頷くシーンもある。
だが、又吉直樹が語るように、平山の生活は「豊か」で、羨ましさすら感じるほどだ。
平山は絶望していないし、悲観していない。それだけで、観る者が救われ、また羨ましくすらある。
名脇役たち
素敵な脇役(?)たちがちょい役で登場しているのも嬉しかった。
- 猫と戯れる研ナオコ。
- ホームレス役の田中泯。
- 飲み屋でギターを弾くあがた森魚。
- 居酒屋店主の甲本雅裕。
自力で気付いたのはこのあたりだが、映画を見たあとでcastを見るともっといろいろな人が出ていた。
脇役ではないが、ママ役の石川さゆりもよかった。こんなママだったら平山でなくても毎週通ってしまう。
ママの元夫の三浦友和もよかった。特に役所広司と三浦友和が影踏みで遊んでいるシーン。すごすぎて「何を見せられているんだ」と思った。影踏み中はほとんどアドリブで素のセリフや動きなんだろうな思わせるシーンだった。
買うたびに作家を褒めてくれる古書店の店主は、声が可愛いなと思っていたらポケモンの「ニャース」の声をやっている犬山イヌコさんだった。(気になったので見終わったあとで調べた。)
回収されない伏線、それもまた良き。
劇中でいくつか回収されない伏線のようなものがあった。例えばお昼ごはん中に妙に目が合うOLの女性。例えばトイレに置かれた「三目並べ」のメモ。
それらの謎(?)は特に明かされないまま終わったが、それはそれで面白い。
きっと「タカシ」に貸した金は返ってこない。
カセットテープの音楽
『PERFECT DAYS』の通奏低音のような役割を果たしているのが、車内で流れていたカセットテープの曲だ。あまりその時代の洋楽に明るくないので「Feeling Good」(ニーナ・シモン)しかわからなかったが、どこかで耳にしたことがある有名曲が多かったようだ。
Spotifyにはサウンドトラックがまとめられているので、しばらく聞いてみようと思う。
日本語の歌である「青い魚」(金延幸子)はとても印象深かった。1972年の曲らしい。
平山が「タカシ」に唆されてカセットテープを売ってしまわなくて、本当に良かった。
最後の5分間
そして、この映画のクライマックスである最後の5分間。役所広司の泣きそうな笑っているような、なんともいえない表情が、万華鏡を回転させているかのようにクルクルと変わる。
韓国映画「親切なクムジャさん」(2005)で主演のイ・ヨンエが見せた、泣き笑いのような長回し映像を思い出した。(「親切なクムジャさん」は怖くて二度と見ない映画なので、確認はしない。)
公式サイトに掲載されているインタビュー映像で、田中泯が役所広司の最後の5分間について語っている。
「俳優ができることじゃない。鏡を見てやれることじゃない。」
「役所さんのあの顔はこの今ある顔の中から、裏側から変えてるんです。表面を見て変えてるんじゃないんですよ。」
「そこがもう『俳優を超えた』技術。」「本当にアットランダムに表情が変わっていくでしょう。わからない表情もあるし、ああ、わかるわかるという表情もあるし、あれを、非常に順不同に平気で変えていくわけですよ。なんのストーリーもないんです、あそこは。
もうあれを見たときは立ち上がって拍手したかったもん、カンヌで。」
正体不明の踊るホームレスを演じた田中泯をしてここまで称賛さしむる役所広司の演技の素晴らしさよ。
Webサイトも良き
作品を見終わったあと、あまりの凄さに呆然としてしまった。エンドロールを見ているとスキップされて知らない作品が再生されたので、慌ててもどってじっくり見てしまうほどだ。
エンドロールを見終わってもまだ呆然として、次に公式サイトを訪れた。
公式サイトがまた凝っている。音と映像と文章で構成されており、またもう一度作品世界を文章で補足しながら追体験でき、UX(ユーザ・エクスペリエンス)として素晴らしかった。
シンプルなデザイン、フォント、
監督のヴィム・ベンダースのインタビューや、役所広司、田中泯のインタビューも見られる。
ぜひ本編を見終わったあとに訪れてほしい。
https://www.perfectdays-movie.jp/